金融機関で進む窓口の対策強化
被害が広がる「おれおれ詐欺」。手口は巧妙化、多様化しているが、共通するのは金融機関からの振り込みを求めるところ。いわば最後の“関門”ともいえる金融機関では、警察と連携した対策が強化されつつある。
現金自動預払機(ATM)にステッカーを張ったり、店内放送で注意を促す一方、職員に窓口での声掛けを指導しており、“水際”で被害を食い止めた事例も出ている。
尼崎信用金庫杭瀬支店のロビーマネジャー江端昇さん(54)は今年六月、携帯電話と現金五十万円を握り締めた年配の女性から「耳が不自由なので、電話の相手がいう振込先の口座番号を聞いてもらえませんか」と依頼を受けた。電話に出ると、相手の男は早口で埼玉県の信用金庫の口座番号を告げた。
不審に思って事情を尋ねると、「息子が交通事故を起こしてしまって」と女性。江端さんは涙ぐむ姿を見て、もしやと思い、家族に確認するようアドバイス。その後、事故がうそだったことが分かった。
「窓口で思い詰めたり、慌てた様子の人がいないか、いつも気を付けています」。そう話す江端さんは、高額を振り込もうとする人には、それとなく理由や振込先を尋ねている。
別の銀行では十月、「娘が交通事故を起こした」とだまされた女性が、二百万円をATMから埼玉県内の銀行口座に振り込んだ。直後、近くにいた行員が、女性から詳しく事情を聴いた上で「詐欺の疑いがある」と振込先の銀行に連絡。口座凍結の措置を取り、現金が引き出されるのを防いだ。
窓口などでの注意とともに、口座開設時に新たな制約を設けるケースもある。尼信では口座の犯罪利用を避けるため、届け出住所を原則としてその店舗の営業地域内に限定。不審な点があれば開設を断っている。
みなと銀行は、一定額以上の預金引き出しや口座の解約に暗証番号の入力を義務付け、盗難通帳が利用されないよう予防策を講じている。
■ 蔭山文夫弁護士に聞く ■ 暴力団関与の形跡/犯罪ツール規制を
「プリペイド式携帯電話」「不正売買口座」―。おれおれ詐欺に使われ、警察の捜査を阻むこれらのツールは、ヤミ金融が社会問題になった際にもクローズアップされた。ヤミ金問題に詳しく、おれおれ詐欺事件に携わった経験も持つ兵庫県弁護士会の蔭山文夫弁護士に問題点と対策を聞いた。一問一答は次の通り。
◆ ◆
―おれおれ詐欺の犯人像は
「手っ取り早く金を稼ぎたいと考えている十代から三十代ぐらいの若い世代。暴力団の影もあるようだ。実行犯はかなりの額を稼いでいるはずだが、逮捕時にはほとんど金を持っていない。暴力団の資金源になっていることも考えられる」
―廃業したヤミ金業者が流れてきているという指摘もある
「まず間違いない。取り締まり強化で廃業が相次いだ時期と詐欺急増の時期が一致しており、匿名の銀行口座などの悪用にたけている点が酷似している」
―プリペイド式携帯のほかに、どういったものが犯人特定を困難にしているのか
「実際に使われていたのは『私書箱センター』。振込先の口座名義人の住所をたどると行き着いた。マンションの一室などにあり、月額三千円ほどで自分あての郵便物を自宅以外で受け取れる。電話転送サービスなどと合わせれば、携帯電話一台で架空の会社や自宅を作れ、口座を開設する際に必要な本人確認などをすり抜けられる」
―口座売買の罰則付き禁止やプリペイド式携帯廃止の議論が高まっている
「歓迎すべきことだが、他にも犯罪者にとって便利なサービスが多すぎる。例えば私書箱センターの契約も偽名で通る。少々怪しいと感じても、業者側が追及することはめったにない。何らかの形で規制して、犯罪をやりにくくする環境をつくらなければ」
―被害に遭わないためにはどうすれば
「犯人側は名簿業者などから入手した個人情報を基に電話してくる。プロの犯行を撃退するのは容易ではないが、日ごろから『すぐに金を払わなければ解決できない問題などない』と頭に置いておけば、対応できるのではないか。個人情報の流出を防ぐため、街頭アンケートなどに安易に記入しないといったことを心がけることも大切だ」
■ 取材を終えて■ 卑劣な犯行、被害者に宿った「不信」
「あなたが本当に新聞記者かどうかも信じられません」。おれおれ詐欺の被害に遭った女性に電話で取材を申し込んだ時、そう問い返された。
「会って直接お話をうかがいたいんです」。再度そうお願いしたが、女性は怒気を含んだ声で「もう(事件のことを)忘れたいんです…」と言い、電話は切れた。
これだけ続発し、世間で騒がれ、警鐘も鳴らされているのに、なぜ、だまされてしまうのか。だまされる方にも、すきがあるのではないか。そう考えたこともあったが、取材を進めるうちに、そうした思いは消えていった。
個人情報の細部まで把握した上での犯行。電話で突然告げられる事態は、ほとんど経験したことはないものの、十分起こりうるトラブル。警察官や弁護士なども登場する。「えらいことになった」と被害者は追い詰められる。
「いつ気付くか。そこが勝負の分かれ目。短期決戦です」。専門家はそう指摘するが、頭の中に一度描かれた窮地で泣き叫ぶ家族の姿は、簡単に振り払うことはできない。我に返るきっかけを遅らせようと、確認電話ができないように仕向ける仕掛けも巧妙になっている。切実な思いを逆手に取った卑劣な犯罪だ。
「何も信用できなくなった」とある被害者。「周囲が自分を笑っているように感じる」と話す人もいた。愛する家族からの電話だと信じてだまされた被害者たち。犯人が奪っていったのは、お金だけではない。
(社会部 中川佳男)
被害が広がる「おれおれ詐欺」。手口は巧妙化、多様化しているが、共通するのは金融機関からの振り込みを求めるところ。いわば最後の“関門”ともいえる金融機関では、警察と連携した対策が強化されつつある。
現金自動預払機(ATM)にステッカーを張ったり、店内放送で注意を促す一方、職員に窓口での声掛けを指導しており、“水際”で被害を食い止めた事例も出ている。
尼崎信用金庫杭瀬支店のロビーマネジャー江端昇さん(54)は今年六月、携帯電話と現金五十万円を握り締めた年配の女性から「耳が不自由なので、電話の相手がいう振込先の口座番号を聞いてもらえませんか」と依頼を受けた。電話に出ると、相手の男は早口で埼玉県の信用金庫の口座番号を告げた。
不審に思って事情を尋ねると、「息子が交通事故を起こしてしまって」と女性。江端さんは涙ぐむ姿を見て、もしやと思い、家族に確認するようアドバイス。その後、事故がうそだったことが分かった。
「窓口で思い詰めたり、慌てた様子の人がいないか、いつも気を付けています」。そう話す江端さんは、高額を振り込もうとする人には、それとなく理由や振込先を尋ねている。
別の銀行では十月、「娘が交通事故を起こした」とだまされた女性が、二百万円をATMから埼玉県内の銀行口座に振り込んだ。直後、近くにいた行員が、女性から詳しく事情を聴いた上で「詐欺の疑いがある」と振込先の銀行に連絡。口座凍結の措置を取り、現金が引き出されるのを防いだ。
窓口などでの注意とともに、口座開設時に新たな制約を設けるケースもある。尼信では口座の犯罪利用を避けるため、届け出住所を原則としてその店舗の営業地域内に限定。不審な点があれば開設を断っている。
みなと銀行は、一定額以上の預金引き出しや口座の解約に暗証番号の入力を義務付け、盗難通帳が利用されないよう予防策を講じている。
■ 蔭山文夫弁護士に聞く ■ 暴力団関与の形跡/犯罪ツール規制を
「プリペイド式携帯電話」「不正売買口座」―。おれおれ詐欺に使われ、警察の捜査を阻むこれらのツールは、ヤミ金融が社会問題になった際にもクローズアップされた。ヤミ金問題に詳しく、おれおれ詐欺事件に携わった経験も持つ兵庫県弁護士会の蔭山文夫弁護士に問題点と対策を聞いた。一問一答は次の通り。
◆ ◆
―おれおれ詐欺の犯人像は
「手っ取り早く金を稼ぎたいと考えている十代から三十代ぐらいの若い世代。暴力団の影もあるようだ。実行犯はかなりの額を稼いでいるはずだが、逮捕時にはほとんど金を持っていない。暴力団の資金源になっていることも考えられる」
―廃業したヤミ金業者が流れてきているという指摘もある
「まず間違いない。取り締まり強化で廃業が相次いだ時期と詐欺急増の時期が一致しており、匿名の銀行口座などの悪用にたけている点が酷似している」
―プリペイド式携帯のほかに、どういったものが犯人特定を困難にしているのか
「実際に使われていたのは『私書箱センター』。振込先の口座名義人の住所をたどると行き着いた。マンションの一室などにあり、月額三千円ほどで自分あての郵便物を自宅以外で受け取れる。電話転送サービスなどと合わせれば、携帯電話一台で架空の会社や自宅を作れ、口座を開設する際に必要な本人確認などをすり抜けられる」
―口座売買の罰則付き禁止やプリペイド式携帯廃止の議論が高まっている
「歓迎すべきことだが、他にも犯罪者にとって便利なサービスが多すぎる。例えば私書箱センターの契約も偽名で通る。少々怪しいと感じても、業者側が追及することはめったにない。何らかの形で規制して、犯罪をやりにくくする環境をつくらなければ」
―被害に遭わないためにはどうすれば
「犯人側は名簿業者などから入手した個人情報を基に電話してくる。プロの犯行を撃退するのは容易ではないが、日ごろから『すぐに金を払わなければ解決できない問題などない』と頭に置いておけば、対応できるのではないか。個人情報の流出を防ぐため、街頭アンケートなどに安易に記入しないといったことを心がけることも大切だ」
■ 取材を終えて■ 卑劣な犯行、被害者に宿った「不信」
「あなたが本当に新聞記者かどうかも信じられません」。おれおれ詐欺の被害に遭った女性に電話で取材を申し込んだ時、そう問い返された。
「会って直接お話をうかがいたいんです」。再度そうお願いしたが、女性は怒気を含んだ声で「もう(事件のことを)忘れたいんです…」と言い、電話は切れた。
これだけ続発し、世間で騒がれ、警鐘も鳴らされているのに、なぜ、だまされてしまうのか。だまされる方にも、すきがあるのではないか。そう考えたこともあったが、取材を進めるうちに、そうした思いは消えていった。
個人情報の細部まで把握した上での犯行。電話で突然告げられる事態は、ほとんど経験したことはないものの、十分起こりうるトラブル。警察官や弁護士なども登場する。「えらいことになった」と被害者は追い詰められる。
「いつ気付くか。そこが勝負の分かれ目。短期決戦です」。専門家はそう指摘するが、頭の中に一度描かれた窮地で泣き叫ぶ家族の姿は、簡単に振り払うことはできない。我に返るきっかけを遅らせようと、確認電話ができないように仕向ける仕掛けも巧妙になっている。切実な思いを逆手に取った卑劣な犯罪だ。
「何も信用できなくなった」とある被害者。「周囲が自分を笑っているように感じる」と話す人もいた。愛する家族からの電話だと信じてだまされた被害者たち。犯人が奪っていったのは、お金だけではない。
(社会部 中川佳男)
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